« 美しい表現 | トップページ | 就職がこわい »

2ヶ月をどう過ごすか。

デザインコース、卒制中間審査会の2日目。朝9時から18時までの長丁場が終了〜。

「デザイン」や「作品」のこわいところは、やったひととやってないひと、前へ進もうとしている人とそうでない人、熱意のある人とそうでない人が、「見てわかってしまう」ところ。

たった5分のプレゼンテーションでも、それは「わかる」し、先生でなくても4年生でも「わかる」。おそらく3年生が見てもわかるんじゃないか。プレゼンが上手いか下手かに関係なく、それは「わかる」し、‘ごまかし’はほとんど効かない。

いよいよあと2ヶ月である。自分のこれまでの学びに、ひとまずどういう決着をつけるのか、、、あと「2ヶ月」である。

‘ひとまず’と書いたのは、卒制の提出で「学び」が終わるわけではないからだ。実は、この先、社会に出てからの方が「学ばなければならない」ことは多い。ウソだと思ったら社会に出た先輩たちに聞いてみるといい。

そしてその時、その場には「先生」もいなければ、「教室」もない。誰かから「課題」が出されることもない。ある意味で、大学よりもずっと条件の厳しい、自分の価値観と自主性だけが頼りの、自分を磨くための、孤独で静かな「学び」が待っている。自分を向上させようとしない人は、創造の現場からは静かに退場していくしかない。

この大学での4年間は、その時に備えて(‘その時’は案外すぐやって来るのだが)、ひとりで学んでいくための「基礎」を培ってきたのだ、とも言えるだろう。自ら学ぶための土壌となる「畑」がじょうずに作れている人もいれば、畑のことなど気にせずにその場限りの制作を重ねただけの人もいる。4年間をどう過ごしたか、あと数ヶ月をどう過ごすかで、次の学びへの‘備え’がほぼ決まる。

あと2ヶ月。学校での「学び」は卒制の最終審査会でひとまずの終わりを迎えるが、この2ヶ月は、‘その次’のための2ヶ月でもある。

|

« 美しい表現 | トップページ | 就職がこわい »

情報デザイン」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 2ヶ月をどう過ごすか。:

« 美しい表現 | トップページ | 就職がこわい »