« 授業としての展覧会 | トップページ | 130億画素の超精細写真 »

2006.01.12

展覧会とプレゼンテーション

前のエントリーで、展覧会の目的を、(1)作品を展示して人に見せる、(2)説明してわかってもらう、(3)他者の意見に耳を傾ける、と書いた。(1)は展示ができればOKだが、(2)と(3)は、そう簡単ではない。

自分から進んで話しを聞いてもらおう、プレゼンテーションをしようと思うと、見に来た人に声をかけなければいけないし、うまく説明できるか心配だし自信もない。作品に対して何か良くないことを言われたらどうしようかとか、いろいろ考えてしまう。そもそも待っているだけでは、お客は来ないかもしれない。(後期は特に)

・・・誰かが見にきても、そっと眺めているだけでお客さんが通りすぎるのを待つとか、担当の時間に誰も来なくて良かったと胸をなで下ろすか、そもそも展示したら終わりで説明なんかする気もないとか。。。

毎年、たくさんの学生が展覧会でどう行動しているかを見ているので、そこに「壁」があるのは知っている。「自分の作品を人に説明し、その意見に耳を傾ける。」というのはそう簡単にできることではない。ただ、‘その壁’を越えられない人には、(残念だけど)やはり、「展覧会」という機会を生かして自分を高めるということはできないと思う。

プレゼンテーションは、教室の中で顔も課題も良く知っている人を相手にしているだけでは、あまり上手くはならない。その演習を担当した先生の講評や評価だけ聞いていても、自分の作品の評価はわからないし、判断の基準も手に入らない。他者に説明をして意見を聞くということは、他者を‘自分の作品を映す鏡’として、自分の作品や考えについて問い直す行為なのだ。

3年生や4年生になると、人に見せることの価値が「わかる」学生が増えてくる。積極的に説明をしてくれたり、プレゼンテーションをしたがるのはそのためだ。展覧会の価値と意味が「わかっている」人かどうかは、その行動にはっきり表れる。

|

« 授業としての展覧会 | トップページ | 130億画素の超精細写真 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18028/8125512

この記事へのトラックバック一覧です: 展覧会とプレゼンテーション:

« 授業としての展覧会 | トップページ | 130億画素の超精細写真 »