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2008.08.12

再読「エモーショナル・デザイン」

Emotional_designエモーショナル・デザイン

夏休みの課題図書(^^; 1冊目。あらためて読み返してみました。
以下、自分なりの理解と解釈、感想などを書いてみることにします。
(主観が入っています。要約ではありません。)


原題は“Emotional Design: Why We Love (or Hate) Everyday Things ”(原書の副題の方が本の内容を反映している気がする。)

本書のテーマは「情動、認知、人工物とそのデザイン」である。

著者であるノーマンは(ご存知の通り)認知科学者である。本書での「エモーション」は、日常で使う一般的な意味ではなく、「認知科学の用語」として理解する方が誤解が少ないだろう。訳者によれば、翻訳にあたって“emotion”(情動),“affect”(感情)などの語は、認知科学の専門家に意見を求めて訳出されている(訳者あとがき より)。

本書でノーマンがめざしたのは、「感情、行動、認知の三レベル理論に基づいた一つの整合性のあるフレームワーク」(個人的回想と謝辞 より)であり、それが「処理の3レベル−本能(visceral)、行動(behavior)、内省(reflective)」(p26)である。また、これらは認知科学におけるノーマンらの情動に関する研究に基づいている。
処理の3レベルのモデルは、‘人間の認知における情動の重要性’を前提として、人工物をデザインする場合のフレームワークと考えることもできる。

処理の3レベルの説明に続く第5,6,7章は、「処理の3レベル」のフレームワークをより具体的な場面に展開したものである。ノーマンの「情動と人工物に関する認知的な議論」の本質はここにあると感じた。

「第5章:人、場所、もの」では、人と人とのコミュニケーションが情動に支えられていることを示し、人間の情動システムの重要性を説いている。より有能になった将来の機械が、機械同士や人間とどのようにインタラクションするかを考えるとき、機械にも情動が必要になると指摘する。同時に、そのときに(情動を持った機械を)どのようにデザインすべきかという問いが投げ掛けられる。

「第6章:情動をもつ機械」「第7章:ロボットの未来」での、‘情動を持つ(であろう)人工物’としての「ロボット」についての議論は大変興味深い。人間の認知が情動に大きな影響を受けるのであれば、人の情動をコントロールするために、人とインタラクションする機械の側にも‘ある種の情動’が必要となるという主張である。この章の議論は、「知的なロボット」の研究に関わったことのある研究者やデザイナーなら、きっと様々なことを考えさせられると思う。(以前取り組んだPaPeRoのインタフェースデザイン研究−NECとの産学共同研究−と重なる部分がとても多い。)

「エモーショナル・デザイン」とは、情動・認知・人工物のデザイン を包括する大きなフレームワークであると理解したい。

補足:
「エモーショナル・デザイン」は‘感動を呼ぶ(かっこいい/美しい)見かけのデザイン’である、という理解は、「処理の3レベル」が示すフレームの部分的な一面だけを捉えたものだと思います。

エモーショナル・デザイン|新曜社

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